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2024/11/07
知財トピックス[翻訳部コラム]熱交換器は何をするものか?#8
[翻訳部コラム]は、普段は特許翻訳を担当する翻訳者・翻訳チェッカーが、業務を通じた考察をもとに執筆いたします。
熱交換器は何をするものか?
-主体が「現象の起こる場所」であるケースにおける翻訳の諸問題をめぐって-
8. 比喩の可能性― ”heat exchanger exchanges heat” の分析
では、もう一つの可能な形、heat exchanger exchanges heatはどのように分析されるのでしょうか?Wikipediaの定義に立ち戻れば、熱交換器は「保有する熱エネルギーの異なる2つの流体間で熱エネルギーを交換するために使用する機器」であり、これまでのコラムでもご紹介した ”Refrigeration and air-conditioning technology”(注1)のほうはといえば、suction line and liquid lineを定義に用いています。suction line and liquid lineとあるとおり、これは明確に冷媒回路について言及しているもので、つまり温度差のある2流体を前提とする記述です。どちらの定義にも、熱交換器はそれ自体が何をするという書き方はされておらず、現象が起こるドメインとしてとらえられていると言えるでしょう。であれば、熱交換器そのものから一旦切り離された熱交換「現象」抜きに熱交換器を定義することは難しく、もしそれを試みるなら、上でご紹介したような熱交換器の独特の構造への言及が必要になりそうです。しかしその場合、それは「熱交換器」という概念そのものというよりも、「熱交換器の構造」が何かを引き起こすという説明にならざるを得ないのです。
以上から、
A heat exchanger exchanges heat.
は、多くの無生物主語構文がそうであるように、一種の比喩であるとは言えないでしょうか?
前掲書の影山太郎『動詞意味論』(注2)にはこの推測の裏付けとなると思われる、興味深い議論があります。順番に見ていきましょう。
英語では、
The hammer broke the window.
が成り立つけれど、日本語ではこれを「そのハンマーが窓を壊した」というのは擬人的にしかとらえられない、と影山は指摘します。自然な日本語に訳すならば、「ハンマーで窓は割られた」でしょうか。ハンマーは主語から手段としての副詞句に格下げされなければならないのです。影山によれば上記The hammer broke the window. が可能であるのは、英語では『人間主語の(…)構造をもとにして、メトニミー(metonymy)によって派生したものと考えられる(…)』ためであり、『実際、英語は日本語よりも遥かにメトニミーを多用する言語であることが知られている』と言うのです。メトニミーとは換喩のことです。平たく言えば無生物主語構文は英語で広く用いられるが、これはもともと比喩だということです。そしてこれを字句通り直訳したものがぎこちない和訳(場合によっては完全に容認されないもの)になるのもよく知られていることです。
heat exchanger is configured to cause X to exchange heat も heat exchanger exchanges heat も可能であるというのは、後者がこのメトニミーとして認められる現象の一部であると言えるのではないでしょうか?
(注1)Whitman, W. C., Johnson, W. M., Tomczyk, J. A., & Silberstein, E. (2016). Refrigeration and Air Conditioning Technology (8th ed). Delmar Pub.
(注2)Kageyama, T. (1996). 動詞意味論. くろしお出版.
<7. 図式化の試み-『動詞意味論』(影山1996)を参考に
>9. 熱交換器の二つの顔―現象の記述CAUSEか換喩としてのCONTROLか
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