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[翻訳部コラム]熱交換器は何をするものか?#9

[翻訳部コラム]は、普段は特許翻訳を担当する翻訳者・翻訳チェッカーが、業務を通じた考察をもとに執筆いたします。

熱交換器は何をするものか?

-主体が「現象の起こる場所」であるケースにおける翻訳の諸問題をめぐって-

9. 熱交換器の2つの顔―現象の記述CAUSEか換喩としてのCONTROLか

この点をもう少し詳しく検討しましょう。前掲書『動詞意味論』(注1)の著者である影山はVendlerを引用し、以下の相互の言い換え可能性を指摘しています。

The expansion of the gases raised the roof.
The expansion of the gases caused the roof to rise.
The expansion of the gases was the cause of the rising of the roof.

要するに他動詞は基本的には動詞ないし名詞のcauseで言い換えが可能だが、コラム♯8の例、The hammer broke the windowをThe hammer was the cause of breaking of the window=The window broke because of the hammer. と書き換えることは基本的にはできない、書き換えれば意味が変わってしまうというのです。これはJohn broke the windowをThe window was broken because of Johnと書き換えるわけにはいかないのと同じことですが、hammerは道具であり、道具とは人間の身体の延長ととらえられるので、人間に擬せられて上記の換喩がはたらくという議論になっています。

そこで、このようにbecause ofでの言い換えができない場合には、記号CAUSEのかわりにCONTROLという記号を導入すると影山は提案します。

John broke the window. ならば

John CONTROL [EVENT …]

であらわされるとのことで、[EVENT …] にはたとえば ”the window broke.” が代入されるということでしょう。ただ存在しているだけで原因となることを示すCAUSEよりも、意図や何かしらのはたらきでもって状況を制御する主体の存在を示唆し、そこに原因を帰着するのがCONTROLということでしょう。

The hammer CONTROL[EVENT …]

すなわち

The hammer CONTROL [the window broke].

というわけです。

英語においてJohnとhammerが交代可能なのは人間主語の類推であるメトミニー(換喩)によるのでした。そしてEXPERIENCEはCONTROLの側のさらに下位概念であり、たとえばcatch a cold(風邪をひく)のように半ば受動的な事態がそれであるというのが影山の位置づけです(おおまかには)。筆者はEXPEIRENCEを他動的な行為としてのCAUSEの派生であって、結果が自身に帰着するものとしましたが、ひとまず影山の定義とも矛盾しないことがわかると思います。

さて、ここでbecause ofの言い換えをheat exchangerにあてはめると、

The refrigerant exchanged heat with air because of the heat exchanger.

は、冗長であるにせよ、不可能ではなさそうに思えます。であれば、heat exchangerはCAUSEをとるとしてよいでしょう。しかし影山の整理によれば、hammerやJohnのような個物はCAUSEではなくCONTROLをとるべきであり、CAUSEをとるのはexplosionのように現象、事象(EVENT)であるとされます。熱交換器は個物であるのにCAUSEを要求するように見えるのはなぜでしょうか?このことは、熱交換器にて起きている現象が「2つの流体が熱的に接触し、その熱交換が引き起こされる/促進する」であり、それこそが熱交換器の定義に必要な内容であることと無関係ではないでしょう。じっさい上でみたとおり、Wikipediaにせよ、これまでご紹介したRefrigeration and air-conditioning technology(注2)にせよ、そういう書き方になっていたのでした。すると、熱交換器には、現象を引き起こしつつ、それが起こるドメインである「CAUSEをとるもの」としてのとらえかたと、もっと積極的に「CONTROLをとるもの」としてのとらえかたと2つがあり、これが使役を用いたheat exchanger is configured to cause X to exchange heatと、無生物主語構文(換喩)であるheat exchanger exchanges heatに対応する、といえるのではないでしょうか。

(注1)Kageyama, T. (1996). 動詞意味論. くろしお出版.
(注2)Whitman, W. C., Johnson, W. M., Tomczyk, J. A., & Silberstein, E. (2016). Refrigeration and Air Conditioning Technology (8th ed). Delmar Pub.

 

8. 比喩の可能性―”heat exchanger exchanges heat”の分析
>10. 機能に即した抽象化(近日公開)

[翻訳部コラム]熱交換器は何をするものか?-目次-

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