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[翻訳部コラム]熱交換器は何をするものか?#5

[翻訳部コラム]は、普段は特許翻訳を担当する翻訳者・翻訳チェッカーが、業務を通じた考察をもとに執筆いたします。

熱交換器は何をするものか?

-主体が「現象の起こる場所」であるケースにおける翻訳の諸問題をめぐって-

5. 装置が現象を引き起こすー膨張弁との比較

字句から出発して「装置であって、熱交換を行うもの」と仮に読んだ熱交換器は、伝熱という原理に由来するその独特の構造を有するものであることをみました。ここでは構造そのものが機能を規定しているといえます。 専門的な技術書である ”Refrigeration and air conditioning technology”(注1) にも記載があった通り、通電されるわけでもなく、動力部分を有するわけでも、運動機構を有するわけでもありません。エアコンや冷蔵庫内の熱交換器は、圧縮機という機械から、冷媒を送られてはじめてその所期の機能を発揮します。圧縮機自体は、運動する機構を有し動力を供給されて冷媒を送り出すものです。熱交換器には、このほかに流路外を通過する流体(冷媒と熱交換する流体の代表は空気)が必要となります。

以上をまとめると、

1.装置本体は運動せず動力機構もなく通電もされない(構造そのものが本質)
2.装置構成以外に前提となる要素があり、しかもそれが複数(冷媒と空気)
3.上記1、2の前提のもとで(流体の温度変化という)物理的現象を引き起こす/促進する

という3つの特徴にひとまず整理可能です。

ところで、構造そのものが機能を規定するという点だけなら、冷凍空調関係で言えば例えばファンもケーシング(筐体)も当てはまりそうですが、上の3つの特徴に照らせば似ていないと言えます。この基準のもとでは、熱交換器に近い技術要素としては、キャピラリーチューブがあるといえるかもしれません。キャピラリーチューブとは、冷凍サイクルを実現する冷媒回路を構成する要素の一つである、膨張弁の一種です。冷媒回路における膨張弁とは大要、冷媒の流量と圧力(および/またはエネルギー状態)を制御する機構のことですが、ここでも名前のごとく、まずは「弁であって、膨張をひきおこすもの」、と理解しておくことにしましょう。膨張という物理的現象が冷凍空調、冷媒の回路と何の関係があるかですが、流体は外界との熱の出入りがない断熱状態で膨張や圧縮されると、それ自身の持つ熱量が変化します。つまり冷媒を断熱膨張させると急激に温度が下がるわけですが、これを引き起こすのが膨張弁です。こうして得られた冷熱が熱交換器で空気と出会い、冷房に利用されるわけです。熱エネルギーの変化にも物質により特性があり、エアコンでは目的に適した化合物等が冷媒として選ばれます(かつてはフロンガスなどが用いられていました)。キャピラリーチューブはこの膨張作用のために毛細管現象と呼ばれる自然法則を利用する相対的に簡易な膨張弁です。

ちなみに、家庭用エアコンなどに実装される膨張弁は通常、電子膨張弁という電子的に開度調整が可能な構成のものです。もともと膨張弁は上記2の基準(それ以外の要素が複数ある)を満たしていないうえ、電子膨張弁は、1の規定(通電されない等)をも満たさないことになります。そう考えると、やはり熱交換器の独特な立ち位置が際立つように思われます。

膨張弁は英語でもexpansion valveと呼ばれます。なお冷媒の膨張は現象であり、当然ながら冷媒そのものと同一概念ではありません。ですので「弁であって、膨張『現象』をひきおこすもの」。この膨張弁の規定の仕方を念頭にあらためて考えてみると、熱交換器も「熱交換を行うもの」よりは、「熱交換『現象』を引き起こす、あるいは促進するもの」がより適切に思われてきます。

(注1)Whitman, W. C., Johnson, W. M., Tomczyk, J. A., & Silberstein, E. (2016). Refrigeration and Air Conditioning Technology (8th ed). Delmar Pub.

 

4.熱交換器の原理と構造
>6.熱交換器を主語とする日英文―記述の解像度(近日公開)

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