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2024/12/09
知財トピックス[翻訳部コラム]熱交換器は何をするものか?#11
[翻訳部コラム]は、普段は特許翻訳を担当する翻訳者・翻訳チェッカーが、業務を通じた考察をもとに執筆いたします。
熱交換器は何をするものか?
-主体が「現象の起こる場所」であるケースにおける翻訳の諸問題をめぐって-
11. 熱交換器の技術史
実は熱交換器は、通過する一方の流体(冷媒)の「蒸発器」または「凝縮器」の両者として振舞うという点で、この両者の上位概念であるとも言えます。注目している流体を蒸発させるよう機能するならば蒸発器、熱を吸収させて液化の相変化を引き起こすならば凝縮器というわけです。前掲の ”Refrigeration and air conditioning technology”(注1)にも、heat exchangerという個別の大項目はなく、「Evaporator」「Condenser」という項目の下に、実質的にその記述が割り当てられています。これは、個別の蒸発器・凝縮器のほうが技術史的には古いという事情もあります。最初から双方向に熱交換が可能な装置があったわけではなく、冷凍空調装置が発明される過程であとから機能的に統合され上位概念化したのが、われわれが今日製品として認識している「熱交換器」なるものだと言えそうです。この技術史的認識が正しいなら、熱交換器は、現象を機能の定義に含む特殊な個物であるうえに、あとから上位概念化されつつ出現した存在でもあることになります。この点で、一介の個物よりも概念のクラス、概念分類により近い存在であると言ったら、言いすぎでしょうか?このような特殊な背景を踏まえても、熱交換器において「何が」「何を」行うものなのか答えるという問題は、実は一筋縄ではいかないというのが納得できるように思われます。
「トンネルを抜けると雪国であった」になぞらえて「熱交換器を抜けると熱交換後の世界であった」などと、もし言うとするならば、前者では「トンネルは何をしているのか」、というのは難しい問いになり、他方で列車を訳出する必要があるだろうという議論になり、後者では熱交換器の動作を記述するなら冷媒と空気を持ち出してcauseによる使役にしたい、という議論になることでしょう。両者はどこかパラレルであるというか、少なくとも関連した問題を取り扱っているのは間違いなさそうです。
なお、川端「雪国」(コラム♯1参照)についてはここまでの議論を踏まえれば The long tunnel to the snow country has seen our train coming out of it. ないし The long tunnel has seen our train coming out of it to the snow country. というEXPERIENCEの構造に基づく訳し方もあるのではと思えてきますが、やはり比喩とはいえ何もせずそこにあるだけのトンネルを主題(文の先頭にあるもので、日本語では「は」で示されるもの)かつ主語にしてその視点に立つというのは通常不自然であり、他方サイデンステッカー訳(コラム♯1参照)において乗客である話者を乗せ動くものであるtrainを主題かつ主語としているのは、英語の発想としては自然なことだと言えます (注2)。
CAUSE, CONTROL, EXPERIENCEといった概念構造に即して各言語において何を動作主、何を被動者にすることが可能でまた自然なのかは言語学においては「意味役割 semantic role」とよばれるテーマのもとに研究されているようですが、この点のこれ以上の考察は本コラムの趣旨の範囲をこえるものです。
(注1)Whitman, W. C., Johnson, W. M., Tomczyk, J. A., & Silberstein, E. (2016). Refrigeration and Air Conditioning Technology (8th ed). Delmar Pub.
(注2)「主題」も言語学のタームですが、直感的な例として、料理屋での注文における「僕はウナギだ」における「僕は」があげられます。「僕については」「僕の注文については」が主題というわけです。
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