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[翻訳部コラム]熱交換器は何をするものか?#10

[翻訳部コラム]は、普段は特許翻訳を担当する翻訳者・翻訳チェッカーが、業務を通じた考察をもとに執筆いたします。

熱交換器は何をするものか?

-主体が「現象の起こる場所」であるケースにおける翻訳の諸問題をめぐって-

10. 機能に即した抽象化

ここでheat exchanger exchanges heatがメトニミー(換喩)という比喩の一種であるという仮説を採用するならば、これを記号CONTROLを使った表現にあらわすとき、前掲のCAUSEの記号を単にCONTROLに置き換えた表現のほかに、もっと別の表し方があるのではないかと思われてきます。じっさい、英語においてheat exchanger exchanges heat (between refrigerant and air)のカッコ内は文法的には省略可能であることを考えれば、この構造の本体は

D. 熱交換器CONTROL[熱(エネルギー)が交換される]

であると言えそうです。もちろん、

D’. 熱交換器CONTROL[冷媒と空気の間で、熱(エネルギー)が交換される]

と省略せずに書くこともできますが、このとき、英語では文法的に冷媒と空気はbetween refrigerant and airとして副詞句で表現され、相互作用の主体としての性質が薄まってexchangeが行われる場所についての付加情報に格下げされています。これは前掲の概念構造

熱交換器CAUSE[冷媒(-as-medium) CAUSE/EXPERIENCE [流体 EXPERIENCE [熱エネルギーが移動する]]]

にあって右端の最も深い階層にあった内容に相当するものが、冷媒や空気を飛び越えてかなり高い位置に取り出されている、とみることができます。これは熱交換器の機能のみを記述する抽象化の操作と言ってもよいでしょう。heat exchanger exchanges heatが換喩であり、それによりCONTROLで表されるなら、これを得る操作がより現象に即したCAUSEの表現から抽象度を高めるものであることは自然に思われます。なお、前コラム「3.名称は機能をあらわすことがある」にて「装置であって、熱交換を行うもの」と私が仮においた熱交換器の定義に相当する表現は、このCONTROLの構造に対応すると言ってよいでしょう。装置の機能について述べているけれど、その機能が前提としている現象の詳細には立ち入らないのです。にもかかわらず装置「が」それを行うという比喩的なとらえ方を採用しており、そのことでCONTROLの構造を有していると言えるわけです。(注1)

(注1) 英語ではplayer、coordinatorのように動詞にer、orをつければ「―する人」の意味の名詞に転化し、これはモノの場合も同様であることはよく知られていますが、モノがこの名を有しているとき、それ自体が機能を発揮する主体であることが示唆されています。蒸発器evaporator、凝縮器condenserというわけです。圧縮機compressorならば「圧縮を行うもの」。この議論ならばheat exchangerにも主体性が読み取れることになりますが、ここでも、機能に即した抽象化を行うことでCONTROLの概念構造を得るという本コラムの図式を当てはめて考えることが可能かもしれません。

 

9. 熱交換器の2つの顔―現象の記述CAUSEか換喩としてのCONTROLか
11. 熱交換器の技術史

[翻訳部コラム]熱交換器は何をするものか?-目次-

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